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2014年10月 2日 (木)

君や知る、ルーマニアの地を!

今回の「ザ・ジャポニズム」海外プロジェクト、スタッフの皆に報告してもらいました。いかがでしたか。なかなか楽しそうでしたね。一部はまだまだ続くようですが、一応私も総括編をお届けします。

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今回は旧西欧(イタリアギリシャ)、旧東欧(ルーマニア)、そしてアメリカ合衆国を一度に周った訳ですが、それぞれ現地の人々と直接に触れ合うワークショップを行う事ができ、またアメリカでは現地の人々と共にショーを作っていくという稀有な経験ができました。
イタリア・ローマ、ギリシャ、ルーマニアは現地の日本大使館の招聘、アメリカ・フィラデルフィアは現地レコード会社「
Dream Quest Records」の、イタリア・ナポリは伊日文化協会「Ocha-caffe」の招聘で、全て国際交流基金「Japan-foundation」の助成事業の一環としての渡航でした。つまり日本の文化を伝えるという使命を携えてのミッションだったので、私もおのずと日本の固有の文化を常に意識しながら、現地の文化を体験する事になり、それらは得がたい経験となりましたし、色々と勉強させていただきました。

全般に今回巡ったどの国も日本に対しては非常に興味と好意とを持ってくれていて、親日的だと感じました(殊にヨーロッパの国々)。イタリアでのクール・ジャパン熱もすごいですし、ルーマニアでは非常にたくさんの学生達が日本語を勉強しているのにも驚きました。それに彼等の多くが、日本語を使う仕事に就くのが目的ではなく、純粋に日本の文化に興味を持っての所為なのですね。現在、日本は空港からブカレスト市街地までの新幹線を敷設するとかの事業で、ルーマニア政府と協力する計画があるそうです。是非この事業が成就し、日本語を習得した学生達が活躍できる場が少しでもできると良いと思います。

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という事でアメリカやイタリア、ギリシャについてはその文化や土地柄をある程度ご存知の方も多いと思いますので、今回は主にルーマニアについての印象からお話しましょう。一行が首都ブカレストに到着した時は雨で、その後しばらく降り込められてしまいました。ブカレストの街は暗く重厚に沈み、さすらう者の心にとってこの暗さも旧東欧らしくて私は好きなのですが、とても落ち着いた雰囲気でした。ただし、かつて東欧の小パリと謳われたこの街の歴史的な建物は、かなり旧共産党によって破壊されてしまったという事です。

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しかしミッションを無事に果たし、私たちがこの国を離れる頃にはすっかり雨も上がり、この季節にこの国にいる者だけに許される素晴らしい景観を堪能する事ができました。復活祭からマリアの月と言われる
6月に掛けては、最も美しい季節ではないでしょうか。若葉が萌え、大きな樹木の間を涼風が渡り、木漏れ日の降る屋外のカフェの椅子に腰掛けて、ワインのグラスなどを傾けたりしていると、本当に名状しがたい幸福な気持ちになったものです。

 

ルーマニアというと「ジプシー」の中継地点のように思われたり(ロマ族は元来インドの北西部由来)、この国からの窃盗団がヨーロッパ諸国に遠征しているともいわれ、ややマイナスのイメージもあるかと思います。しかし、殆どの人々は非常に真面目で忍耐強く、とても勤勉な感じを受けました。人種的にはラテン系が多いのですが、これはちょっと意外な印象でした。
また非常に信仰心が厚く、ルーマニア正教というのでしょうか、人々の生活ではキリスト教の行事が重要な要素になっています。私達のワークショップもちょうど復活祭の時期に当たってしまい、スケジュールを組むのに大変苦労したのでした。少し郊外を車で走ると、柳の枝を手に下げた人々が多く見受けられ、それを教会や祭壇に供えるのだそうです。以前、写真展開催のために訪れたポーランドの地方で、やはり復活祭の儀式だったと思いますが、この枝をバケツの水に突っ込んで男性が未婚の女性に振りかけ、その女性が手に持つ卵を男性に渡せば婚約が成立するという象徴的な儀式があったはずで、そんな事を思い出して興味深く感じました。

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またルーマニアビザンチン様式の教会は、きのこが数本群生したような塔のある屋根がとても可愛く、規模の小さいのが特徴です。皆が肩を寄せ合うようにしてミサを行っていました。彼等に言わせると大きさを誇るような権威的な教会の建物はノーグッドだそうです。私達もちょっとミサに参加しましたが、十字の切り方が西ヨーロッパとは違うのですね。そして、イコンの描かれた壁画が大変美しく敬虔な雰囲気を醸成しています。その教会の壁に彼等の考える天国の図が描かれているのを私は見ました。しかしどうしてもそれが刑務所の施設にしか見えないのです。シナイアという地方の修道院を視察中の事だったと思います。それは高い塀に囲まれた貧しく狭い土地。しかしながら、強国に囲まれ絶えず侵略を受け続けて来た歴史を持つ彼等にとっては、戦争から守られて平和でいられるその結界の中こそが、正に天国なのだという説明を受け、暗く長いこの国の苦難の歴史を想って非常に感慨深いものがありました。
ただし、多くの民族の血が混ざり合ったせいか、これはスタッフも書いていましたが、この国には非常に美女が多いのです
(男性に関してはポーランドかな)。日本では“白い妖精”ことナディア・コマネチさんがつとに有名ですが、K点超えの美人がたくさんいる気がしますね。西ヨーロッパの人達は頭や顔が長いのですが、ここの人達は丸顔の要素もあって、日本人からみるととても可愛く感じられるようです。

ルーマニアでは色々鮮烈な思い出があるのですが、まずは真面目に国立映画演劇大学(日本で言えば東京芸大のような学校)で行ったワークショップでの様子を報告します。

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ここでは「能と歌舞伎、写真家の観た二つの伝統舞台芸能」と題し、これらが持つ美意識や思想が私の写真作品のエッセンスにつながっている事、またその真髄が現代の日本のファッションやデザインに共通し、さらに未来への創造の可能性を持つという事を、プロジェクターで写真作品を投影しながら解説し、作品の登場人物をステージで再現していくというワークショップを行いました。最後に和化粧の体験、打ちかけや着物の体験、能面や能管の体験なども行いました。

体験型のワークショップだったので、日本大使館も当方も30名ほどの少人数を予定していたのですが、大学のホールには100名ほどの聴衆が押しかけてくれました。学生と教員、公開講座だったので一般の人も来てくれました。

 

講演のはじめに参加者に歌舞伎や能について知っているか否かを挙手により直接確認してみました。その認知度によって講演の内容を変えようと思ったからです。

しかしさすが国立の映画演劇大学。歌舞伎は全員が、能についても殆どの者が、知っているとの答えで、さらに聞くと半数近くの参加者が演劇理論を専攻している学生だと言うのです。担当教授が学生達を引率し授業の一環としてワークショップに参加してくれたようでした。加えて演技を学び、将来の俳優・役者を目指す学生達も大勢いました。この状況は山口としては望むところであり、今回の基金事業では最も踏み込んだ内容の講演を行う事ができました。

すなわち日本の二つの伝統芸能につき、低通する社会的背景について述べ、また各々に内在する正反対の世界観・美意識を写真家の目で検証し、写真作品の登場人物を再現する実演に繋げていきました。多くの参加者が熱心にメモを取りながら聴いていて特に教員の人達は殺気を感じるほど。
実演では歌舞伎の衣装の早替わりに盛大な拍手が沸きおこり、花魁の再現ではその美しさに食い入るように見入っていました。モデルを務めてくれた女子学生は両親がルーマニアの著名な俳優であり、本人も女優を目指しているとの事。大変協力的でしたが同時に熱心な勉強家で、ワークショップ開始前の準備中から鋭い質問を山口やスタッフに投げかけていました。何と彼女には能の初歩の心得があったので
(ロンドンで習得した)、面を付けて「構え」と、すり足の「運び」を演じてもらったほどです。

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ワークショップ後半の質疑応答や「日本体験」の時間では、みな熱心で行列になっていました。ワークショップ後には、参加していた演劇理論を担当する当大学の教授が私のところに来て「素晴らしい時間でした、大変偉大な研究だと思います」と最大限の賛辞を述べてくれたのでした。学生達も事業団の所に来て、素晴らしかったと口々に言ってくれ、ディーバのスタッフ達もとても嬉しそうにしていました。まずは大成功です。

加えて日本大使館通訳官のフロレンティーナ氏が、ここの学生は芸術専攻なので気まぐれであり、つまらないとすぐ帰ってしまうのだが、今日は大変に熱心だった。すごく興味を持ったみたいですよ、と言ってくれました。この方は日本文学の翻訳もしている大変優秀な女性研究者です。

さらに一人の年配の女性が終了後も、モデルの日本髪を手に取ったり写真を撮ったりしながらずっとヘアメイクのスタッフに質問をしていて、熱心過ぎてワークショップを終わる事ができないのです。訊いてみると彼女はプロのヘアメイクであり、今度ルーマニアの映画で和化粧と日本髪をやらねばならないのだが、本物など見た事もなくインターネットで調べても、どうやって形を作るのか見当もつかなかったという事でした。まあそれは真剣にもなるでしょうね、納得です。

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私の印象としてこの国には未だに旧共産党の独裁政治と、その後の政治的混迷の影が垣間見られるように思います。上記のように首都ブカレストも、旧共産党により歴史的な建物のかなりが破壊されてしまったそうですが、そういった物理的な痕跡だけでなく、腐敗した権力によって生活や表現を奪われてきた日々の記憶は、人々のふとした会話の端々や表情にも表れるように感じました。山口の講演においても、能と歌舞伎がともに「被差別民」「賤民」によって創造された事、故にこれらは宮廷によって守られてきた外来の芸能とは異なり、日本固有美意識世界観を持つ芸能となり得た事、つまり逆に言えば、権力のコントロールの下では人々のための生き生きとした芸能は成り立たない、という話をしたのですが聴衆の全員が力強くうなずいてくれました。経済的にも、混乱期の一般庶民は過酷な貧困に喘ぎ、現在でも決して豊かとは言えないと思います。激しく食い下がって日本髪に関する質問をしていた前述のヘアメイクの女性も、私が「それでしたら日本に来てくれたら、良い先生を紹介しますよ」と伝えると、とたんに顔を曇らせ、お金がないのでそれは出来ませんと首を振るのでした。その時の悲しそうな瞳が今でも印象に残っています。

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郊外に出れば広い森林地帯・トランシルバニアに歴史的な町が点在し(中世の街ブラショフを視察しましたが美しい街でした)カルパチア山脈を擁して実に美しい景観でした。そういえばこのトランシルバニアの都市、シビウにおいて3年ほど前に日本人による能の公演が行われた事があります。その画期的な公演を行ったのが武田志房先生で、今回のワークショップのために能の楽屋を撮影させて貰ったのですが、その際にお会いして偶然その時のお話をうかがいました。この方は山口が取り組んでいる能の撮影や、ディーバでの能楽講習などで日ごろ懇意にしていただいている観世流能楽師、松木千俊先生の師匠でもあります。

食べ物等についても意外といける美味しいものから、微妙で鮮烈な思い出もいくつかあるのですが、それはディーバきっての料理研究家の高木に譲りたいと思います。


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このようにして訪問するまでは一番知らない国でしたが、事業団の全員がルーマニアには特別の好意を持ったと思います。

後ですね、今回強く印象に残った出来事でアテナイとナポリについてどうしても書きたい事があるのですが、長くなるので「今日はこれでおしまい」です。次回乞うご期待。

 

    スタジオ☆ディーバ Photographer:山口直也

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